2008年2月19日火曜日

「放送法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係省令等の整備に関する」意見書

総務省の改正放送法のパブコメが2月19日(火)が締め切りでしたので、以下のようなコメントを寄せておきました。以下に本文を転載いたします。
どのような回答をいただけるかが楽しみです。

簡単に言えば、今回の改正放送法は国民のためになるのか?ということです。

○新聞社と放送局の関係に関して
1959年9月「一般放送事業者に対する根本基準の第9条の適用の方針、およびもこれに基づく審査要領」が局長通達として旧郵政省より出された際の例外条件として、新聞・ラジオ・テレビの三兼業が認められるになった背景には、当時の放送局と新聞社の関係を追認する考え方があったと当時の関係者は証言されています。1950年に民間放送が開始されてから、もうすぐ60年を迎えようとする今日、いまだに当時の新聞社と放送局が資本的に結ばれていることに問題は無いのでしょうか?2004年秋に発覚した、新聞社や放送局の不当な株式支配を含め、貴省の回答を頂きたいと思います。特に本改正案の概要では、「基準の明確化は引き続き検討する」とありますが、具体的にどのように検討し、どのような基準を明確化しようとしているのかお聞かせ願いたいと思います。

○独立行政機関でなく国家の一省庁が放送を規制する意味に関して
このたび「放送局開設の根本的基準第9条」が「放送局に係る表現の自由享有基準」として独立した形で規定されることになるようですが、そもそもマス媒体として貴省のような監督官庁があるのは放送だけです。
まず、放送局を貴省のような国家の機関が放送を規制・監督する意義をお聞かせ願いたいと思います。他の国々では独立機関として規制・監督する場合の方が多いかと思われます。

○法人に対する表現の自由の考え方に関して
次に「放送局に係る表現の自由享有基準」は憲法論でいうところの「法人の人権享有主体」の観点からの放送局に対して表現の自由を認めるという考え方が強いと思われますが、まず放送メディアに対して表現の自由を認めるというのが貴省の考えでしょうか?
マスメディアの表現の自由は、メディア企業の莫大な財産権が形を変えたものという意見もあります。例えば、個人の表現の自由は個人に与えられるものであって、メディアに属している個人の表現の自由の問題とは別で考えられるべきである。放送局にいることで表現の自由が束縛されたとしても、そのような場合でも個人として表現の自由は守られている。つまり、放送局に所属しなければ表現の自由は達成されるという考え方もございます。
記者クラブなどは個人では所属することができないことなども、個人の表現の自由と、法人の表現の自由を考える問題では大きな問題かと思われます。これに対しての貴省のお考えをお聞かせください。
※私の意見は、消して放送局に対して表現の自由を認めないという意見ではございませんが、貴省のように放送を規制監督する官庁が存在する上で、「放送局の表現の自由」を語ることに疑問を感じております。

○地域性・多元性・多様性の考え方の喪失
今までの放送政策は放送の受け手(視聴者)の表現の自由の観点から、彼らが政治的意志決定を実現するための必要な情報を提供するために、情報源が多元であり、かつその情報が多様であることを求めていたと思います。そしてその為にマスメディア集中排除原則には、多元性、多様性、地域性という三つのキーワードが存在したかと思われます。
この度どうして、これらの言葉が無くなったのかお聞かせください。私には認定放送持株会社制度導入が、多元性や多様性、そして地域性というもの理念と相反するものかと思われますが、ここに対する貴省のお考えもをお聞かせください。

○放送政策の意味
本来、視聴者の表現の自由の観点にそって行われるべき放送政策から、企業(放送局)の経済的観点よりなされているような気がします。どういった点で、本改正案が視聴者のための改正案であるのかご説明ください。特に近年の放送政策が企業の経済的側面に対して実施されていることが多いように感じます。私には企業に対しての放送政策としか読み取れません。

以上