2008年8月8日金曜日

テレビ局の人材育成の問題

2008年08月06日スポニチの記事より、
倉本聰氏「これが最後」テレビ局に絶望
 人気ドラマシリーズ「北の国から」などで知られる脚本家の倉本聰氏(73)が「テレビへの絶望がある」としてドラマ脚本の執筆をやめる可能性を明かした。脚本を担当するフジテレビの10月スタートの連続ドラマ「風のガーデン」(木曜後10・00)で、舞台となる北海道・富良野で会見。「これが最後という気持ち。テレビ局が視聴率だけを考え、現場が悪くなった」と憂えた。
 倉本氏は「風のガーデン」の主人公の家族が育てているという設定の庭の前で、主演の中井貴一(46)、緒形拳(71)らとともに会見。黄色や白い花が咲く中「これが最後だなという気がした。連続ドラマはしんどいし、作っているスタッフもどんどん世代が違ってきているし…」と打ち明けた。
 日本テレビ「前略おふくろ様」(1975~77年)フジテレビ「北の国から」(81~2002年)など多数のヒット作を生み出してきた脚本家の「最後かな」発言。富良野のホテルに場所を移し再び取材陣に囲まれた倉本氏は「これが最後の連ドラになる?」との質問に「ありますね」とキッパリ。
 人間の生と死をテーマにした同ドラマの執筆中に感情移入しすぎて体調を崩し精密検査を受けたことも明かした。倉本氏は「体力的なこともあるが、テレビへの絶望というのもはっきり言ってある」と話した。
 「今回のスタッフは一生懸命取り組んでくれている」と強調した上で「かつては知恵を使って作っていたが、今は知識でものを作るようになった」と指摘。「(一緒にやってきたスタッフが)役付きになり、現場から離れ、技術や知恵が伝承されず、役者を含めて現場がものすごく悪くなった」と苦言を呈した。
 さらに「質は考えず、視聴率だけで評価するようになってしまった。脚本家、演出家、役者を悪くしていったのはテレビ局に責任があると思う」と怒りをあらわにした。



倉本氏の作品に憧れて、この業界に入ってきた者としては身につまされる記事です。自分自身は制作現場とは無縁な場所にいるわけですが、制作現場でも硬直しているのだろうか。
60年代や70年代にテレビ局に就職した人たちと今の時代にテレビ局を目指す人たちの層は確実に異なる。当時は新聞社や映画会社にマスコミエリートはこぞって集まった。今はテレビに集まる。そう言った人たちの知識は半端じゃない。つまり、良い物は何かのコピーであり、どこかで見た景色の映像なんだろう。それを倉本氏は「かつては知恵を使って作っていたが、今は知識でものを作るようになった」と指摘しているのだろう。
これはテレビ業界に限ったことでないだろう。高学歴、知識集約型人間が増える程その傾向が強いのだろう。
当時に比べメディアが増え、接触する機会も増えた。様々なストーリー、映像表現に接する中で、自分たちで考える事が出来なくなったということではないだろうか。

「質は考えず、視聴率だけで評価するようになってしまった。脚本家、演出家、役者を悪くしていったのはテレビ局に責任があると思う」という倉本氏に対して彼自身が視聴率主義を貫いていたという指摘もある。
しかし、倉本氏が、制作に入る前にほぼ脚本をあげてから望むという姿勢は、視聴率に左右されて脚本を手直しする、他のドラマと比べても、視聴率に左右されるのではなく、一貫したメッセージ(テーマ)を届けようとする姿勢の現れなのではないだろうか。

その倉本氏が言うからこそ、この言葉は重く、我々にのしかかる。企業の規模が大きくなりすぎて、身動きがとれなくなった。それにつきるのだろう。
政治との関係、特に昨今は情報通信政策にやたらと政治家が口をだすようになった。地デジの問題がその最たるものだろう。
また、下請けの関係。あるあるで露呈したこの不適切な関係も、この業界から無くなることはないだろう。なぜなら、無くなるとテレビ番組も作れない。

倉本氏の作品に関して言えば、氏を長くプロデュースしていた、CXの中村氏がCX系制作会社のFCCに天下ったために、FCCとCXが共同番組制作を実施することになり、多くの現場の人たちはFCCからの人になった。そういう人に対して、局の約付きになった人たちからドラマのノウハウが伝承されることはなく、また、数少ない局の制作者が、多くの社外のスタッフにレクチャーする余裕も無いだろう。

色々と書くとキリがない。しかし、ただ一つ言えることは残念ということである。

10月、倉本氏の最後のテレビドラマを心に刻もう。

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