2008年6月16日月曜日

期待権と編集の自由

【毎日新聞 2008年6月13日 東京朝刊】
NHK特番問題:賠償訴訟 最高裁「期待権」認めず 取材対象者が逆転敗訴
 戦時下の性暴力に関するNHK番組の取材に協力した市民団体が「事前説明と異なる番組内容に改変された」として、NHKと制作会社2社に1000万円の賠償を求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第1小法廷(横尾和子裁判長)は12日、「取材対象者の番組内容への期待や信頼は原則として法的保護の対象にならない」との初判断を示した。その上でNHK側に200万円の支払いを命じた2審・東京高裁判決(07年1月)を破棄し、請求を棄却した。団体側の逆転敗訴が確定した。
 原告の「戦争と女性への暴力」日本ネットワークは00年12月、いわゆる従軍慰安婦問題をテーマに「女性国際戦犯法廷」を共催。NHKは01年1月、教育テレビの「ETV2001」で同法廷を放送した。団体側は「ありのまま伝えると言われたのに、一部がカットされるなど、番組への期待・信頼を裏切られた」と主張していた。
 小法廷は「憲法が定める表現の自由の保障の下、番組の編集は放送事業者の自律的判断に委ねられる」と指摘。取材対象者の「期待・信頼」が法的に保護され得るのは取材に応じることで著しい負担が生じ取材側が「必ず取り上げる」と説明したような極めて例外的な場合に限られるとし、団体側の主張する「期待権」を認めなかった。
 1、2審は「番組内容に期待を抱く『特段の事情』がある場合、編集の自由は一定の制約を受ける」と指摘し、NHK側に賠償を命じた。2審は「安倍晋三前首相(当時は官房副長官)らの発言をNHK幹部が必要以上に重く受け止め、意図をそんたくして当たり障りのない番組にすることを考え、改変を指示した」と指摘したが、最高裁はこの点について判断しなかった。【北村和巳】
 ◇NHK広報局の話
 正当な判断と受け止めている。今後も自律した編集に基づく番組制作を進め、報道機関としての責務を果たしていく。

【NHK番組訴訟 「期待権」退けた妥当な判決(6月13日付・読売社説)】
 取材に特別な便宜を図ったのに期待を裏切られたとして、民間団体がNHKなどに賠償を求めた訴訟で、請求を退けた最高裁判決は、常識にかなった判断といえよう。
 NHKは、第2次大戦中のいわゆる従軍慰安婦問題を裁くと称する民間団体による模擬法廷を素材に、教養番組を放送した。これに対し、民間団体は当初説明された内容と異なるとして提訴した。
 担当者の初期の狙いと番組や報道の内容が異なることは、新聞を含め、たびたびある。上司や編集幹部が、現場とは別の判断をすることも日常的だ。
 質の高い、バランスのとれた内容にするために手を加え、改善していくことは、責任ある報道にはむしろ欠かせない作業だ。時には報道に至らないこともある。
 最高裁は、こうした実情は「国民に認識されている」とし、取材相手のいわゆる「期待権」は法的保護の対象にならないとした。例外的に認められるのは、取材に応じることで格段の負担が生じる場合などと厳格な条件を掲げた。
 憲法は「表現の自由」を保障し、放送法も「番組編集の自由」を定めている。今回の判決は、その趣旨や報道機関の実情を十分踏まえたものだ。
 NHKなどに賠償を命じた2審判決と異なり、方針が変わった時の説明義務についても、最高裁は相手との合意・約束など特段の事情がある場合に限られるとし、今回はなかったと結論づけた。
 取材を申し込む時点で説明した内容が途中で大きく変わった場合、相手に伝えたほうが望ましいこともあろう。だが、それはあくまで取材倫理や信義の問題だ。
 法的な制約があっては、読者や視聴者に知らせるべき情報を伝えることが困難になりかねない。
 訴訟では、政治家の“圧力”の有無も焦点だった。2審の係争中、朝日新聞が“圧力”を報じたが、NHKや名指しされた国会議員2人が否定し、論争となった。
 だが、最高裁判決は、NHK幹部と国会議員1人との面会を認定しただけで、番組編集との関係には言及していない。何より、訴えを認めた2審判決ですら、「政治家が番組に関して具体的な話や示唆をしたとまでは認められない」としていた事実は重い。
 一方、NHKは今月10日、2審判決を伝えた報道番組について、放送界の第三者機関から「公平・公正を欠いた」と指摘された。最高裁判決に安住せず、公共放送の責任を果たしてほしい。
(2008年6月13日01時34分 読売新聞)

【日本経済新聞 - 2008年6月12日】
NHK番組改編訴訟、取材先の「期待権」認めず 最高裁判決
 従軍慰安婦問題を取り上げたNHKの番組に取材協力した市民団体が「政治家の圧力で番組内容が改編され、期待と信頼が侵害された」としてNHKなど3社に損害賠償を求めた訴訟の上告審判決で最高裁第一小法廷(横尾和子裁判長)は12日、「取材を受けた側の期待や信頼は原則として法的な保護対象にはならない」との初判断を示した。
 期待の侵害を認め、3社に計200万円の賠償を命じた2審・東京高裁判決を破棄し、原告の請求を棄却した。(12日 23:01)

【MSN産経ニュース 2008.6.13 18:53】
NHK政治圧力問題 中川氏「問題は決着していない」
 「政治的圧力により番組が改変された」として女性団体がNHKを相手取った損害賠償請求訴訟の上告審で女性団体の逆転敗訴が確定したことを受けて、自民党の中川昭一元政調会長は13日、国会内で「私と安倍晋三前首相は『事前に番組に圧力をかけた』と朝日新聞で報じられ、その報道が捏造(ねつぞう)だと確認されたが、私たちに謝罪はなく名誉は毀損されたままだ。問題は決着していない」と述べ、朝日新聞に今後も誠意ある対応を求めていく考えを示した。

【朝日新聞 2008年6月13日3時2分】
番組改変訴訟、市民団体側の逆転敗訴確定 最高裁判決

NHKの番組が放送直前に改変されたとして、取材を受けた市民団体がNHKなどに損害賠償を求めた訴訟で、最高裁第一小法廷(横尾和子裁判長)は12日、200万円の支払いをNHK側に命じた二審・東京高裁判決を破棄。市民団体の請求をすべて退ける判決を言い渡した。市民団体側の逆転敗訴が確定した。
 取材を受けた側が番組内容に抱いた「期待と信頼」が裏切られた場合に、放送事業者や取材した制作会社が賠償責任を負うのかが争点だった。第一小法廷は、「編集により当初の企画と異なる内容になるのは当然のことと国民に認識されている」と述べたうえで、「期待と信頼は、原則として法的保護の対象とはならない」との初めての判断を示した。
 問題となった番組は、01年1月に放送した「ETV2001 問われる戦時性暴力」。旧日本軍の性暴力を民間人が裁く「女性国際戦犯法廷」を開いた「『戦争と女性への暴力』日本ネットワーク」(バウネットジャパン)が、取材を受けた際の説明と異なる番組を放送されたことで「期待権を侵害された」などと主張し、NHKと下請け制作2社に賠償を求めた。
 第一小法廷は、取材を受けた側の「期待と信頼」が例外的に保護される場合として、(1)取材に応じることで取材対象者に格段の負担が生じる(2)取材者が「必ず一定の内容、方法で取り上げる」と説明した(3)その説明が、客観的にみて取材対象者が取材に応じる原因となった――の全条件を満たしたときに認められる余地があるとした。
 そのうえで、今回のバウネットの場合を検討。「戦犯法廷」は取材とは無関係に予定されておりバウネット側に格段の負担はなく、取材担当者も「必ず一定の内容、方法で取り上げる」とは説明していないことから、バウネット側の「期待と信頼」は法的に保護されないと結論づけた。原告が主張したような「期待権」という言葉は使わなかった。
 裁判官5人のうち、4人の多数意見。横尾裁判官は「報道の自由の制約につながるもので、期待と信頼が法的保護に値すると認める余地はない」と述べ、一切の例外を認めないとの意見を述べた。
 二審判決は「NHK側が国会議員などの意図を忖度(そんたく)し、当たり障りのないよう番組を改変した」などと評価したが、第一小法廷は、この評価を含む二審の判断を取り消した。今回の不法行為の有無を判断するために必要がないため、「忖度したか」についてはそれ以上具体的な言及はしなかった。(岩田清隆)

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